この度、韓国・釜山で開催された「WONCA Asia-Pacific Regional Conference 2025(WONCA APR 2025)」に参加いたましたので、ご報告いたします。WONCA APR 2025は4月24日〜27日に開催され、私は25日から現地に入りました。
● WONCA APR 2025について
WONCA(World Organization of Family Doctors:世界家庭医機構)は、家庭医療や総合診療の分野の医師・研究者・教育者をつなぐために1972年に設立され、現在は50万人以上の家庭医のほか、地域医療、プライマリ・ケア、総合診療に携わる医療職が参加する国際組織です。世界大会や地域別の学術会議が毎年開催されており、アジア太平洋地域(Asia Pacific Regional)で今回開催された国際学会がWONCA APR 2025にあたります。
●学会参加の経緯と準備
もともと3年生後期の基礎医学セミナーのあと、国際学会の参加に利用できる助成金をいただいていたのですが、4年生から臨床メインとなりその存在をすっかり忘れていました。そんなとき、指導してくださった地域医療教育学講座の末松三奈先生から「私も発表するので、一緒にWONCAに参加してみませんか?」とお声がけをいただきました。私の研究は(また後ほど述べますが)高齢者に関するものでしたので、プライマリ・ケアに関して用意された多くの発表部門のうち「Primary Care for Vulnerable Population」部門に応募できるのではないか、と教えていただきました。CBTやOSCEが終わり、ポリクリ開始前のちょうど隙間の時期だったこともあり、私は特に深く考えず「参加します」と即答しましたが、当時を振り返ると、国際学会という言葉のもつスケールが私には大きすぎたこともあり、それからしばらくは実感も湧かないまま、とりあえず必要な手続きを進めていきました。このときの手続きに際しては、学生研究会の黒田啓介先生と安部小百合さんに大変細やかにサポートしていただきました。私のためにいつも最善のご提案をしてくださいましたこと、心より感謝申し上げます。
ポスター形式で抄録を提出したところ無事に採択され、そこからは基礎医学セミナーのときに作成した日本語のポスターを英訳し、原稿も英語で準備することになりましたが、ポリクリがはじまると両立することが思いのほか難しく、当初はなかなか進められませんでした。また、通常の学会のポスター発表では発表時間が決められていることが多いと思いますが、今回は、決められた時間内にポスターの前に立って通りがかった人に質問してもらえたらそれに答えていく「フリースタイル」かもしれない、という情報を耳にし、英会話に不安のある私は準備の見通しが立たず、ほとんど途方に暮れていました。そんな私を見かねてか、地域医療教育学講座の髙橋徳幸先生が英会話AIアプリを紹介してくださり、その日から毎日時間を決め、アプリを利用しながら少しずつ「フリースタイル」の練習を重ねていきました。それによって英語が上達したかどうかは分かりませんが、なにはともあれ毎日練習できたという事実が不安を少しずつ拭い去ってくれたように思いますし、出発前にはポリクリとの両立のリズムもつかむことができるようになっていました。
●渡航〜初日の交流会
4月25日の夕方、旅行とは違った緊張感を携えながら、釜山の金海国際空港に到着しました。すでに前日24日に到着されていた末松先生とは「Japan Night in WONCA APR 2025 BUSAN」という交流会で合流する予定でしたが、飛行機の遅延と交通渋滞が重なり、私は予定より1時間遅れて会場に到着。広い会場で先生を見つけられず、各テーブルはすでに会話が弾んでいて、これは浮いてしまいそうだと察した私はそのままホテルに逃げてしまおうかなと一瞬思いましたが、とりあえず意図してゆっくりビュッフェをとっているとき、にこっと会釈してくださる優しい先生がみえたので、その先生がいらっしゃるテーブルに「ご一緒してもいいですか?」と声をかけたところ、先生方は「ぜひぜひどうぞ!」ととても温かく迎えてくださいました。ほっとしました。この交流会は日本プライマリ・ケア連合学会の主催によるもので、家庭医の先生や総合診療科の先生が多く参加されていました。先ほどにこっと会釈してくださった優しい先生も含め、大変著名な先生方のテーブルに私は文字通り紛れ込んでいたということを後から知ったときは冷や汗をかきましたが、家庭医や総合診療科に関するお話を色々と伺うことができ、交流会半ばで無事末松先生とも合流でき、楽しい時間を過ごすことができました。すでに発表を終えたある先生から「ポスターはまず3分くらい自分で発表してから質問を募る形だよ〜」「聴衆もびっくりするくらいたくさんいるよ〜」と教えていただき、1人2人相手の「フリースタイル」を信じてその練習に特化してしまっていた私はホテルにチェックインしたあと、大慌てで3分間の原稿を練り、結局寝ることができず朝まで練習しました。
●発表当日と会場の様子
翌朝は高揚感も手伝いあまり眠くはなく、末松先生と先生の旦那様と一緒に、学会会場であるBPEX(Busan Port International Exhibition & Convention Center)へ向かいました。釜山駅の構内を出るとそのままBPEXまでつながるスカイデッキがあり、目の前にはクルーズの浮かぶ港が、少し歩くと、左右に山並みが、後ろには高層ビルがそびえ立ち、釜山は風光明媚な自然と都市のダイナミズムが調和していて素敵な場所だと感じました。
会場内に入ると、そこはとても開放的な雰囲気でにぎわっており、多くの展示や体験ブースが並び、ブースのスタンプラリーをしたり、試供品をもらったり、コーヒーをのんだりと、発表のことを忘れてしばらく楽しみました。ちょうど大きな会場では、ソウル大学のBelong Cho先生が「Enhancing Primary Care in Korea: Strengthening the Family Doctor System for Better Health Outcomes」と題した基調講演をされており、韓国のプライマリ・ケアの現状や、それを支えている家庭医の重要性について、最新の技術やデバイスのお話を交えながら紹介されていました。とても面白く聞き入ってしまいました。そうこうしているうちに時間が近づいてきたため発表場所へ行くと、すでに同じブロックのフィリピンの先生方が到着されていました。ポスターは、基礎医学セミナーのときのように全員分がパネルに貼られる形式ではなく、事前に提出したPDFを電子モニターで表示させるスタイルでした。フィリピンの先生方は皆さんとてもフレンドリーで、本番前でしたが、お互いのポスターを順番にモニターに映しながら研究を簡単に紹介し合いました。
私の研究は、高齢者のデイサービスで行われているドラムサークルと呼ばれるレクリエーションに関するものでした。ドラムサークルに取り組むことは、上肢の関節可動域を改善させたり、認知機能を向上させる効果などがあるとされている一方で、その効果が生じる仕組みについては十分に解明されていません。そのため、私の研究では、高齢者と一緒にドラムサークルに取り組んだ医療スタッフへのインタビューおよびその分析を通して、その仕組みを質的に探ることを目的としました。フィリピンの先生方は、「自分の国にも民族楽器(打楽器)を使った似たような活動があるからとても面白く感じられるよ」と言葉をかけてくださいました。わずか10分ほどの時間でしたが、発表前に同じブロックの先生方とこうして交流できたことで、そのままリラックスした気持ちで本番に臨むことができたと思います。
本番は、ブロックの中で発表順が決まっているわけではなく、座長の先生もいらっしゃらなかったため、早い者勝ちで自分のポスターを表示して発表していくスタイルでした。最初に名乗り出る勇気はありませんでしたが、後になればなるほど緊張すると思ったため、2番手で発表に臨みました。1番手の先生が雰囲気を温めてくださった中で始めることができた私の発表は、オープンでフレンドリーな会場の空気にも助けられ、とても楽しく行うことができたと思います。結局、完全には暗記できなかったためiPadで原稿を見ながらの発表となりましたが、日本で発表したとき以上に、目線や声色、身振り手振りといった言語外のコミュニケーションが聴衆の関心を左右するように感じられたため、途中からなるべく目線を上げ、堂々と話すことを心がけました。「背景→方法→結果→考察」の順で用意した原稿は自分なりに練り上げたつもりでしたが、結果の後半あたりから少し間延びしてきた感じがしたため、考察は簡単に触れる程度にとどめ、そのまま「Any question?」と切り上げました。質疑応答では「ドラムサークルは日本でよく行われているレクリエーションなのか?」「1回のドラムサークルのセッションは何分なのか?」など、ドラムサークルそのものに対する質問をいただきました。
発表を終えてほっとしていると、日本の先生方が何人か声をかけてくださり、感想をいただくとともに、特に質的研究のプロセスについて多くのご質問をいただきました。そのなかでも印象的だったのは、北海道で家庭医療・総合診療に取り組まれている先生が、ご自身の体験に基づいてしてくださった質問です。「プライマリ・ケアが機能するかどうかは、その地域で人間関係のつながりが保たれているかということと深く関わっているため、実際にある地域でつながりを生みだすイベントを企画・実施して、そのあとインタビューまで行ってみたが、そこからどのように研究としてまとめていけばよいのだろうか」といった、質的研究における分析方法に関するこの質問が私にとって印象的だった理由は2つあります。
1つ目は、私自身、研究で最も時間と労力をかけたのが、まさにインタビューの分析の部分だったからです。私の場合は、名古屋大学の大谷尚先生が開発されたSCAT(Steps for Coding and Theorization)という手法を用いて分析を行いました。この手法は、基礎医学セミナーの際に大谷先生ご本人によるワークショップで丁寧にご指導いただきながら学んだものであり、同じ研究室でSCATに取り組んだ同級生とも何度も議論を重ねてきた、私にとって思い入れのある方法です。SCATがもつ利点を私なりにお伝えしたところ、関心をもって耳を傾けてくださり、とてもうれしく思いました。また2つ目の理由としては、この質問をしてくださった先生が、質的研究のフィールドイン(インタビューの対象者になりうる方がいる空間に、研究者として入っていくプロセス)に相当する部分について、ご自身でその空間の立ち上げから行ってみえたからです。私の場合、共同研究者の岡﨑研太郎先生(地域医療教育学講座・前特任准教授/現・九州大学)や末松先生が、私よりも先にドラムサークルを実施している施設にフィールドインされており、私はその準備された空間に途中参加するかたちで研究を開始できたため、そのままスムーズにインタビューを行うことができました。しかし、もしこれから別のテーマで質的研究を行う場合は、自らフィールドインにあたる部分を設計する必要があるはずです。そのため、インタビューに至るまでの道のりについて、私の方から質問して詳しく伺いました。
このように、質的研究のプロセスのなかで、これまで自分が学んできたことをお伝えできたこと、そしてこれから自分が学んでいきたいことについてお話を伺えたことは、シンプルな感想になってしまいますが、とても楽しかったです。自分の思い入れのあることを話して熱心に聞いてもらえること、自分の興味のあることを聞いて熱心に答えてもらえること、これは日常ではしばしば難しいことだなと感じるのですが、学会の空間ではそんなコミュニケーションが許されており、そしてそのコミュニケーションは、研究を発信するという自分の行為が可能にしてくれたのだと感じられたこと、そのことがとても心に残っています。
●感じたことなど
帰国後も、学会で出会った先生方とはLINEやメールで交流が続いており、臨床と研究を両立されているそのお姿からは大きな刺激をいただいています。また、プライマリ・ケアに関する学会に参加できたことで、その分野の先生方とたくさんお知り合いになることができました。私はいま高齢者医療に関心があるため、そのような観点からプライマリ・ケア分野の非常に豊かな知見をこれから追っていきたいと思っています。
また、反省点をあげるとすれば、やはり英語での発表や質疑応答をもっとスムーズに行えるようになりたいということ、そして発表形式についての情報収集は徹底すること、これに尽きると思います。
基礎医学セミナーを終えたあと、私の場合は研究をそれ以上展開することができず、どこか心苦しく感じていた部分がありました。ただそんな私に対しても継続的にミーティングの機会を設けてくださり、今回の学会に誘ってくださった末松先生がいらっしゃらなければ、私は、自分の研究を海外で発信するという貴重な経験をすることはできなかったですし、何より、その発信に対して思っている以上に多くの方が興味をもってくださるのだという驚きやうれしさ、研究を軸とした交流の面白さも味わうことができませんでした。心から感謝申し上げます。今後については、今回の研究をこのまま深めていくのか、あるいは新たなテーマを見つけて取り組むのか、何か新しい展開をそろそろ見出したいと感じましたが、いずれにせよ、今回の学会参加を通じて、臨床だけではなく、研究に対して非常に前向きな気持ちになれたことが、私にとっては何よりの収穫だったように思います。
●謝辞
今回このような貴重な機会を与えてくださった地域医療教育学講座の先生方、名古屋大学学生研究会の皆様に心より感謝申し上げます。そして、今回の参加に際して中京長寿医療研究推進財団様にご支援いただきましたこと、ここに深く感謝申し上げます。