名古屋大学大学院
医学系研究科
腫瘍病理学 准教授 榎本 篤
実は、大学に入ってから私が持っていた研究への興味は、次第に薄れてしまっていました。大学入学時には漠然と研究というものに興味を抱いていたのですが、在学中に「本物の研究」に触れる機会がなかったからでしょう。流されるかたちで臨床医としての道を選びました。それでも1年程で臨床系の大学院へ行くつもりでいたのですが、臨床をはじめると砂地に水が染みこむように多くのことを覚えてテクニックも向上していく。その面白さもあって5年間関連病院で研修しましたが、どんなに良い手術をしても治らない人は治らなかった。その経験から、がんを本質から知りたい、知る必要があると思うようになりました。それで、当時名古屋地区でがん研究の先端を行っていた愛知県がんセンターの研究所に飛び込んだのです。
当時、そこにはがん研究に情熱を持った同年代の医学部出身者らが集まっていました。そこで巡り会った恩師の下で研究に没頭することによって、はじめて自分と世界がつながる感覚を掴んだのです。それまで流されているだけだった私の視界が一気に開けましたね。臨床では目の前の患者さんに一生懸命で役に立てることがやりがいでしたが、研究では全く違う種類の刺激がありました。それは成功を重ねる種類の楽しさではありません。研究者が出す論文などは水面から出た氷山の一部分みたいなものですから、多くの失敗の上にある成功を目指すという部分では、タフさが必要です。けれど熱心な研究仲間と切磋琢磨していける環境と、自分のやっていることが最先端であるという実感と興奮が、私を研究にのめり込ませました。
愛知県がんセンターで研究をはじめたときは「いずれは臨床に戻るだろう」と思っていた私ですが、研究にのめり込んでいきました。当時の肺がん研究を世界で圧倒的にリードしていたアメリカ国立がん研究所に前のめりに留学し、そこでみなさんの教科書にあるp53遺伝子の異常を発見しました。世界の最前線で、世界中から集まった同年代の精鋭が120%の力を出して目標に向かって協力し競争する真只中で、これからも頑張るぞっという想いが芽生え、愛知県がんセンターに研究者として戻りました。大学へ移ってきたのは、そういった刺激を受ける大切さや機会を、次の世代に伝えたい想いもあったからです。みなさんは潜在的に十分に“世界”レベルで戦える能力を持っているので、それを最大限発揮して、医学を前進させるために頑張ってほしいと思います。
「学生研究会」は、研究がどんなものか触れる良いきっかけになると思っています。大切なのは、一度飛び込んでみて早く研究を知ること。歳を重ねてからのリスクも、若いうちなら経験です。学部生のうちに研究経験ができるMD-PhDコースは良い選択肢のひとつ。アメリカの臨床医であり、かつ研究者の人たちは、基本的にMD-PhDコースの卒業生ですね。名大には他にも、卒業後の初期研修2年を終えた後に戻ってくる研究科長直属コースもあります。(※) こちらも、経済的なサポートなどが受けられる手厚いコースです。最終的には研究の道に進まなくても、臨床の場において、教科書通りにいかない患者さんの診断や治療戦略を、論理的に考える能力として必ず役に立ちます。卒業後に糸の切れた凧のように流され歳を重ねてしまって、一度しかない人生を後悔しないためにも、「学生研究会」を通じて研究というもののイメージをしっかり掴んで、選択してくれたらと思います。 (※)2012年学生研究会発足当時。現在は、MD・PhDコースPlanBになっています。