名古屋大学大学院
医学系研究科
神経遺伝情報学 教授 大野 欽司
私の卒業後のキャリアパスは、名古屋第一赤十字病院の臨床研修医から始まります。研修を終えてからは名古屋大学のかつての第一内科に所属することになり、いわゆる「研究室生活」を最初から送っていたわけではありません。研究の道にも足を踏み入れてみようと思ったのはアメリカのペンシルベニア大学で客員研究員をしていた頃です。医学部卒業からすでに7年が経過していました。私が興味を持ったのはいわゆる「臨床研究」です。留学した頃は、ちょうど神経の栄養因子がいくつか見つかってきた時代でした。そしてそれらは主に癌遺伝子でした。今のテーマにもつながっているんですが、癌と神経には共通メカニズムがあると仮説を立てて研究に取り組むようになったんです。
高齢社会の現在、アルツハイマー病や、パーキンソン病という病気はわりとポピュラーだと思います。これらは神経細胞の死によって発症する病気なのですが、こういった神経の変性はなぜ起こるのか、そして治療法を開発できるのでは…と、思ったんですね。臨床を経験したからこそ強く思ったのかもしれません。
医師と研究者が関係するところは、たくさんあります。名古屋大学は特に、両者の交流がさかんです。研究の現場でつくりあげた新しい医薬品や医療機器をもとに臨床では治験を行う。そして医師たちは臨床現場における結果の蓄積を研究者にフィードバックする。循環しているんですね。このように、原点に立ち帰ってみると、研究の成果が治療の役に立っているということに気付きます。ここにやりがいを見出して、研究をしながら患者さんに接している"医師兼研究者"も数多くいます。私自身もそのうちの一人であり、これは医師免許を持った者に与えられた機会であると思っています。
医師と研究者は、直接向き合う相手が異なっていても必ず同じプロセスを意識しています。一方のバイオロジー(生物学)の世界には、そういう関係性がありません。医学系の研究では、分子を発見する、解析する、といった1つの次元のことを掘り下げるだけでなく、発見も解析も、改善のための分子の発見も、臨床への応用も…全てを網羅することが望まれています。それでいて初めて人の役に立つ研究が実現します。若い人たちには、この社会貢献度の高い研究プロセスを認識したうえで、「研究者」として関わっていくことを卒後の選択肢として考えてみてほしいと思っています。
私の研究テーマは30年ほど前からアルツハイマー病など神経の変性はなぜ起こるのかということの解明とその治療法の開発です。治療法については、現在は神経に不足している物質を補うという補充療法(アルツハイマー病におけるアセチルコリン治療など)が主流です。しかしあくまで「補充」であり、神経変性そのものを抑止するわけではありません。発症する前に手を打つということが世界中から期待されており、この分野は今まさに発展している領域です。ぜひ若い人たちに、「神経の変性過程を真にブロックする道を拓きたい!」と、気概を持って研究の世界に入ってきてほしいと思います。
名古屋大学医学部学生研究会には、そんな希望に満ちた研究生活の入り口としてアーリー・エクスポージャー(早期臨床体験学習)をリードしていってほしいですね。やる気のある医学部生たちには各種会議への参加や近隣研究所・海外若手研究者との交流、研究合宿なども経験できるようにサポートしていきます。まだ研究の世界を詳しく知らない医学部生であっても、研究の世界へ「一歩踏み入れる余裕」を与えてあげてほしいと願っています。